2012-04-28から1日間の記事一覧

忘却という防御

忘却がいつから始まったのか、今となってははっきりしない。昨日と同じ失敗をしたらしくひどい罵声を浴びせられながら、父は背中を丸めて大根を切っている。今年に入ってから老けた。みるたびに皺は濃くなっていく。張りつめる空気の間を泳いで庭に下りる。 …

鋭光

手を伸ばしかけたところで記憶がよみがえる。対面した相手のさらに後ろで記憶のあなたが手を振る。僕はぎょっとして立ち止まり、それから立ち尽くす。あの記憶のかけらは散り散りに砕け散ってしまったからどこに残っているのか、未だに僕は予期できない。割…

郷愁にて

ずっと「トカイ」にいかなければと思っていた。 育った町は関東に位置している田舎だった。電車に乗れば、東京までたかだか一時間半か二時間程度の場所だが、それでも私にとっては十分すぎるほどの田舎だった。電車を目の前で逃すと一時間は待たなければなら…

帰途

駅に降り立つとむわっとした不愉快な空気に迎えられる。会社がある場所より二度か三度気温が高く、じっとしていても汗がじんわりとにじみだしてくるような湿気を伴った濃密な空気、そして潮の香。海から遠くないこのまちは、夜になると潮の香がきつくなるが…