2012-07-07から1日間の記事一覧

どこの誰でもない誰かになれない

僕と彼女は和風カフェに入ってわらびもちを食べていた。 大量の黄粉と黒蜜の混ぜ合わさったそれはまるで溶けたチョコレートのようで、僕らは笑った。僕はカメラで笑う彼女をとり、彼女はわざと目を剥いて僕を威嚇した。それからまた二人で笑った。 久しぶり…

彼の中には他者がいない

彼は分からないと言われると、背景を丁寧に説明しようとする。僕はたいてい背景は分かってるけど理由かやり方が分からないか、もしくはそれが最適であるかどうかが疑問だと思っているので、彼が説明し始めるとどうやってわからないところを伝えればいいのか…

うさぎは孤独を知らない

孤独を抱えて眠りにつく。孤独は冷たく滑らかだ。僕がうさぎのぬいぐるみのおなかだか耳だか足だか顔だかがよくわからなくなったころ、眠りは僕の隣で落ち着く。 孤独はぬいぐるみの中までは浸食しない。ぬいぐるみは孤独ではないからだ。 でもかといってほ…

絶望という名の光

昔はまさに恋愛で救済されると思っていた私は、実際にその相手を得たとき「この人は自分のことを好きだと言うくらいなのだから私を無限に承認し受容してくれるはずだ」と信じてはばからなかった。結果、相手がその自分の思い込みに沿った行動を取らないと「…

本という逃避

(略) 不登校になることで逃げられるならはそれ以上の幸福はない。親が不登校になることを理解して、受け入れることができて、それでもなおかつその子に対してあなたは悪くない、といえるのならそれは幸せなことだ。 でも現実的にはそんな親はおそらく少な…

ももさか爺さん

青い煙が空気の中で身をくねらせている。 祖父は寡黙な人である。語り始める前、祖父はたいていタバコに火をつける。そのタバコが半分まで減るころになってようやく重々しく私に桃太郎の話は聞いたことがあるか、と聞く。私は首を横に振り、毎回否の意を示す…

母は東京にはイオンがないという

記憶の片隅に、一面に広がる田んぼと、稲穂の上で停止するオニヤンマの姿が残っている。 父方の田舎は、人口の一番少ない県の市街地から車で一時間半かかるところにあった。周りは山と田畑しかなく、戦前から十軒もない家々で構成される集落だ。隣の家は伯父…