どこの誰でもない誰かになれない

 僕と彼女は和風カフェに入ってわらびもちを食べていた。
 大量の黄粉と黒蜜の混ぜ合わさったそれはまるで溶けたチョコレートのようで、僕らは笑った。僕はカメラで笑う彼女をとり、彼女はわざと目を剥いて僕を威嚇した。それからまた二人で笑った。


 久しぶりに会った彼女は、僕がレンズを向けるとにっこりと笑ってピースをした。僕はいちまい、しっかりと撮ってからどうして、と聞いた。どうしてってなにが? と彼女は驚いたように聞き返す。なんでピースするの? 今まであんましなかったからびっくりした。彼女は笑う。
 なんだろう。彼女の声は時々囁くほどに小さくなる。僕と彼女はこういうとりとめのない、害のない、利もない話で何時間も話しあうのが好きなのだった。なんでだろう。もう一度彼女は言って顔をゆがめた。ピースとかしない方がいい? 僕は首をかしげる。どうだろうなぁ。だいたいみんなカメラを向けると変な顔をするか、ピースするか、笑うから、あんまりおもしろくないんだよね。率直な言葉を僕はわざと選ぶ。こっち見ていない顔の方がよいと思う。ほうほうと彼女は老人のようにうなずく。でも、僕はレンズの中を覗き込みながら続ける。あたしはぴーすするよちょうするよ、だって笑顔はひきつるし変顔したらマジでおわってるし、シャッター切るまでの間が持たないし、ぴーすいつとんの!いつとんの!まだ!まだ!とか言ってないと恥ずかしすぎて死ねる。彼女は笑う。あんたのはピースじゃなくて眼つぶしだ、もしくは幼児のブイサインだ。そんなことないよ、ちゃんとピースしてるよ、と僕は言う。彼女はただ笑う。そしてまたなんだろうね、という。
 なんだろう、恥ずかしくなっちゃうんだよね。たぶん、すごい昔の人みたいに写真に撮られると魂がとられると思ってるかそれに近い感覚があるんだと思う。すっごい見抜かれてる、みたいな。だからどこの誰でもない誰かになろうとするんだ。それでみんなピースしたり笑顔になったりする。彼女は少し首をかしげる。僕はそのまま続ける。
 なんていうんだろう、写真をとるのって一瞬だから、その一瞬に何かにじみ出てしまうけど、それは絶対に制御できないっていう、そういう感じ。
 他の誰でもない自分、ではなくどこの誰でもない誰か、と彼女が呟く。僕は唇の端をあげてその言葉を受け止める。でも写真をとるときはそういうどこの誰でもない誰かをとっても面白くないんだよね、愛がもてない。愛がない。愛がない写真はつまらん。彼女は声をあげて笑う。そうか愛か、と笑う。僕は笑ってその言葉を受け止める。首をかしげたまま少しうつむく彼女の視線に先にあるものを想像して、僕はその横顔を美しいと思う。


 隠しきれない自分自身の本性に怯える僕がレンズに映ってぼやけている。おなじように隠しきれない何かが現れる瞬間を見たくて、僕はファインダーをのぞく。その何かを、ほかの人のものなら僕は美しいと思うのに、自分のものには怯えるのだ。
 撮らせてよ、と彼女は言った。僕はいちまいだけだよ、撮るときは何も言わないでと言ってカメラを渡す。彼女は分かったと言って、しばらく膝の上にカメラを抱いている。僕たちはまたくだらない話をする。暑い夏の中で空を仰ぐ。水を飲み、甘いものを分け合う。カメラがその空気の中に溶け込んで見えなくなるころに、彼女は撮ったよと笑って僕にカメラを返す。
 写真の中の僕はうつむいて笑いをかみ殺している。

(2010.8.11)
(2012.7加筆修正)