時を渡る

 僕が頭を引っ込めると、青年は窓ガラスに額をくっつけ、おまけに両手の手のひらさえもぺたりと押し付けて、眼下を覗きこむのだった。
 前の席に座るがたいのよい、緑色の目をした青年。金髪の巻き毛が広がり、頭の大きさが二倍くらいになっている。彼の頭が引っ込むと、僕は不思議と身を乗り出して眼下を覗きこみたくなってしまう。僕がしばらく眺めて満足すると、今度は背後でゴソゴソと人の動く気配がある。背後はやはり青年だ。灰色の目をして、どこか愁いのある顔立ちをしている。尖った大きな鼻が窓ガラスにつかない程度に体を乗り出し、携帯電話のGPS機能を駆使して現在地を割り出そうとしている。
 あるときは雲が帯状に、またある時は青と白の二食だけが、そしてある時は凍りついた海と山稜を描く氷河が模様を描いている。街が見えることもあれば、海上に船の軌跡が見えることもある。僕の頭が引っ込むとまた、前の青年がしげしげと外を覗きこむ。
 まるで奇跡のようだ。あるいはこれは奇跡なのかもしれない。
 何度空の旅をしても、たった十時間で陸と海を渡り、初夏から冬へ、そしてまた夏へと戻るこの季節の変遷を上空から座ったまま見ることができるという事実を、僕は現実のものとして理解できない。僕は信じられない思いを抱えたまま窓ガラスにレンズを押しつけ、まばたきをする。かちりと僕の手に、カメラのまばたきの音が聞こえる。はっと僕を振り返った前の青年は次の瞬間にはくるりと新緑色の目を丸くし、にこりと笑う。僕も笑う。

(2013.7.16)
(2013.11.11 加筆修正)