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砂漠を行く

海外赴任が決まった時のことだった。
その国での海外赴任は自分が初めてで、しかも女子社員の海外赴任は社内初だった。でも赴任先はEU圏の裕福な国で、治安は東京とあまり変わらない。くわえて若い頃から個人でヨーロッパを旅し、個人でアパートを借りて長期滞在をする程度にはヨーロッパが好きな自分は特に不安を感じていなかった。もちろん、十分に警戒心を持った上で生活をすべきだしその対策はしなければならないが、必要十分はだいたい理解している。
ところが、会社はそう思わなかったらしかった。直属の上司には全く心配されなかったものの、関係ない部署からあれこれと横槍が飛んで来る。


ガイドブック片手に地図を見ながら歩いているといいカモだと思われるのは周知の事実だが、だから一人で外出をするなと彼らはいう。一人で行動するのは危ないから、滞在先はホームステイのほうがいい、ホストファミリーにいつも同行してもらいなさい。一人暮らし? 危険すぎる。公共機関はテロの危険があるから絶対つかっちゃだめ。車? 免許持ってたってあなたは女性だし、舐められるかも。事故を起こしても行けないし。自転車なんてもってのほか、移動するならタクシーを使いなさい。あと誰か必ず男性を連れていた方がいい、危険だから。
まるで分別のつかない三歳児に対するように彼らはそう言うのだった。そのくせ会社のスマートフォンは貸し出せないという。インターネットを使いすぎるかもしれないからダメだ、と。今時、情報はたいていネット経由で手に入る――さらにいえばネットでなければ手に入らない情報もあるというのに、彼らは今時の旅行の仕方もしらずにそんなことを言うのだ。地図も電話もアプリも時刻表も路線図もレストラン情報もそれだけあればことたりて、しかもガイドブックをみてもたもたしているよりずっと危険が少ないのに、彼らはそれをはなから理解しようとはしないのだった。現地のSIMをモバイルWi-fiルータに突っ込めば安くで使えるのに、調べることすらしないのだった。そして過剰に自由を制限しようとする。女だから、だめだという。


一つも言うことなんか聞いてやるものかとムカムカしつつ、飛行機に乗った。そして機内で「少女は自転車に乗って」という映画を見た。
知らない人のためにあらすじを簡単に書くと、この映画はサウジアラビアの映画である。主人公は十歳の少女ワジダ。サウジアラビアイスラム系の国の中でも特に戒律が厳しく、女性は家の外では目以外を露出してはいけないし、職場に行くには乗り合いタクシーを利用しなければならないし、自転車に乗るのもNG。自転車の欲しいワジダはさまざまに手をつくすが、そもそも戒律に引っかかっているし、教師にも親にも怒られるし…という話。ネタバレはしない。
イスラム法では女性が保護されるべき弱い存在なので、自由意志を持っていてはいけないのだそうだ。大変に魅力的なのでそれを隠さねばならないそうだ。
イスラムの女性がみな、そのことを窮屈に思っているわけではない。庇護という名の束縛を愛情だと思っている人もいる。けれども、庇護よりも自由を求める人だっている。だって人間なんだから、自分の足があって、歩いていけるんだから、なのにどうして、誰かに連れて行ってもらえるのを待たなきゃいけないの。


出国するまで耳にタコができるほど言われた「女性だから」という言葉を思う。彼らはそれを心の底から親切のつもりで言っている。自分は正しいことを行っていると信じている。そしてたぶん同じ口で、イスラムは前時代的だ、女性の権利を侵害しているなんてことも言うんだろう。日本はやっぱり自由でいいよなぁ、あっはっは。そんな風にのんきに笑えるほど、私達は彼らと遠くはなれているわけではないのに。

(2014.11.15)
(2017.4.19 加筆修正)